伝説のパイロットから学ぶ 誰もが知っておくべき、危機管理

新着 伝説のパイロットから学ぶ 誰もが知っておくべき、危機管理

総飛行時間1万8500時間。日本航空が運航する全ての国際路線に乗務し、‟グレート・キャプテン”と呼ばれた日本航空伝説のパイロット、小林宏之さん。現在はリスクマネジメントの専門家として活躍している小林さんに、コロナ禍で見えてきた危機管理術について話をうかがった。

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パイロット時代に任された、日本人救出のミッション

42年間、日本航空のパイロットとして世界の空を飛び続けた“グレート・キャプテン”こと小林宏之さん。ラストフライトは、新聞やテレビなどで特集が組まれるほどの話題を集めた、伝説のパイロットだ。

 

首相特別便機長なども務めた同氏は、パイロット時代、まさに命を削る現場で、機内のリーダーとして、数々の意思決定と危機対応を行ってきた。小林さんは、特に印象に残るエピソードとして湾岸危機時の日本人救出を挙げる。

 

「湾岸戦争直前にイラクがクウェートに侵攻し、現地にいた日本人が人質になりました。私が任されたのは、日本人救出機の機長です。危機管理において重要なのは、まず情報収集。最も安全なルートは? 危険な領空はどこからどこまで? 強制着陸させられる可能性は?強制着陸させられ荷物を調べられる可能性がありましたから、関係者に全積み荷のリストを英語でつくってもらい、様々なシミュレーションを行いました。

 

あらゆる情報を収集し、状況を判断、入念に準備をする。実際に、イランからトルコの領空に入ったときに『おまえは、何のためにどこまで行くのか? 荷物は何を積んでいるのか?』と問われました。事前に準備していた内容をパッとその場で答えられたために、許可が下り、ヨルダンまで飛ぶことができました。まさに九死に一生を得たわけです。

 

救出フライトは4カ月の間、数回にわたりました。その間に、欧米の危機管理やリスクマネジメントを徹底的に学びました。当時の日本には、危機管理の専門家と呼ばれる人がほぼいませんでした。当時、私は40代半ば。これ以降、30年近くにわたり、この分野を研究・実践しています」。

 

日本で先駆けて危機管理やリスクマネジメントを研究してきた実績、そして日本人救出機機長をはじめ、乗客の命を預かる、失敗の許されない数々のフライトで危機対応にあたってきた“生きた知識や経験”が小林さんの強みだ。

 

操縦席にて小林宏之

危機の予兆を感じたら、問題を先送りしない

小林さんは、変化が激しい現代社会のマネジメント手法として、パイロットが通常の飛行で行っている「OODA(ウーダ)」の考え方を提唱している。

 

「OODA(ウーダ)」とは、具体的には、「観察(Observe)」→「状況判断(Orient)」→「意思決定(Decide)」→「行動(Act)」のサイクルをまわしていくこと。従来、ビジネスの現場で用いられることの多い「PDCA」と比較して、スピード感に優れているのが特徴だ。

 

計画(Plan)から始まる「PDCA」は、年単位・月単位のスパンで考えるときには有効だが、変化のスピードが早く、不確実性の高い現代のビジネスでは通用しにくくなっていると小林さんは言う。それはこのコロナ禍においても同様だろう。想定外の事態に翻弄され、先を見通すのが難しいこの状況下で、悠長に計画を立てている暇はない。

 

「危機を予見できたら、まず、その問題を先送りにしないことです。リスクを未然に防止するのがいちばんいいわけですが、想定外の事態が起きた場合には、早めに手当てをしなければなりません。とくに問題を解決するまでのタイムリミットが明確にある場合、早めに手を打たなければ、どんどん打つ手が少なくなっていきます。

 

コロナ禍においても、北海道の鈴木直道知事は、対応が早かったですね。2月下旬の時点で、北海道の感染者数増加を受けて、国立感染症研究所の専門チームを招き入れ、全国に先駆けて、学校の一斉休校を決断。独自の緊急事態宣言を打ち出しました。会見では『やり過ぎという批判もあるかもしれないが、政治判断は結果がすべてだ。結果責任は私自身が負う』と述べています。状況を観察し、情報を集め、分析し、責任感を持って決断する。このサイクルが早かったことが、結果的に道内での第一波を抑え込んだわけです」。

リーダーは、ときに嫌われる決断をしなければならない

「リーダーは、平時ではなく非常時にこそ、その真価があらわれる」と小林さんは言う。平時であれば、スタッフさえしっかりしていれば現場はまわる。ただ、想定外の事態やトラブルが起きたときにはそうはいかない。withコロナ、afterコロナを生き抜くうえで、必要とされるリーダーシップとはどのようなものだろうか。

 

「危機においては『何を大切にするか』という‟重要度の選択”が大事です。危機管理とは“大切なものを守るマネジメント”。そして職位が上がるほど『判断』よりも『決断』を求められる割合が多くなります。リーダーの最も重要な役割は『決断』といっても過言ではありません。判断は、たくさんの選択肢のなかから一つに絞ることを意味しますが、決断は‟その判断した選択肢を実行する”と決めることです。パイロット時代、機長を育てるときは『判断は頭で行い、決断は肚で行え』と説いていました。肚で決める経験を繰り返すことで、危機的状況でもリーダーシップを発揮できるようになります。

 

決断をするときに大事なのは「嫌われること」を厭(いと)わないことです。コロナ禍においても、学校を一斉休校したり、外食を控えてくださいと言ったりすれば、当然、反発が起きます。しかしながら、リーダーは、ときに嫌われる決断をしなければならない。私からみると『三密を避けてください』という抽象的な言い方は、有事のリーダーのあるべき姿ではないと感じます。このような状況下では、具体的な言葉で、できれば“動詞”までつけて、人々の行動を促していくほうがいい。もちろん、具体的な発言をすれば、結果に対する責任は問われやすくなりますが、それが有事のリーダーというものです。『目先は嫌われてもいい。結果は歴史が評価してくれる』、そう思って肚を決めることが大切なんです」。

一生学び続ける人でありたい

小林宏之

「日本航空でのパイロットの仕事は卒業しましたが、『生涯現役』だと私は思っているんです。ありがたいことに、いろいろとお声がけいただき、みなさんの前でお話する機会があります。人前に出て話す以上、私自身も学び、成長していかなければなりません。実際、登壇の場での質疑応答から刺激を受け、気づかなかったことを発見することもありますし、私自身が学ばせてもらっています。

 

お金は人から借りることも、貯金することもできますが、時間は借りたり貯めたりすることはできません。命の使い方とは、生まれてから死ぬまで、何に時間を使っていたかということ。一生に一度の命ですから、私は、一生学び続ける人でありたいです。また、大切な時間を使って聴講いただいているわけですから、一つでも新しい気づきがあったり、明日からの仕事や生活に活かせたりするものをご提供したいと考えています。私の話は、メモしたり、覚えたりする必要はありません。なにかに気づいて、心が動いて、実践してもらえる、継続して活かしてもらえる。それがいちばん嬉しいことですね」。

 

首相特別便機長や日本人救出機機長など、類まれなる経験を積んできた小林さん。豊富な経験から先生然とした印象を受ける方もいるかもしれないが、登壇した講義やセミナーを視聴した方からは「親しみやすく、気さくな印象」「実体験に基づいたエピソードで、ビジネスの現場で活かしやすい」などのコメントが寄せられている。この感想は、小林さんが、仕事や人生を通じて一生学び続けていく姿勢を大事にされていることに起因しているのかもしれない。日本航空を退社後、航空評論家としてのみならず、危機管理やリスクマネジメントの専門家として人材育成に力を注いでいる点も特徴的だ。

小林宏之プロフィール

1968年5月 日本航空入社
2010年3月 日本航空退職

パイロット歴
乗務した機種 B727  DC8  B747 DC10 B747-400
乗務した路線 日本航空が運航した全ての国際路線及び主な国内線

総飛行時間
18500時間

小林 宏之 講演講師プロフィールの詳細