
宇津木 妙子 (うつぎ たえこ)
女子ソフトボール日本代表監督として、2000年シドニー五輪銀メダル、2004年アテネ五輪銅メダルを獲得し、現在は、後進の育成や競技の普及に尽力。
チーム作りの方法論、個性溢れる人材を統率するためのチームワーク論、夢への挑戦をテーマにした講演はたくさんの好評を得ている。
ジャンル
政治・経済 | オリンピック・パラリンピック |
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経営・ビジネス | 人材育成、組織・チーム、リーダーシップ |
研修 | リーダーシップ・マネジメント、チームビルディング |
キャリア・教育 | 女性 |
スポーツ | 夢・チャレンジ、モチベーション、チームマネジメント、オリンピック |
主な講演テーマ
夢の実現 ~努力は裏切らない~
学生時代上手な選手ではなかったが、自分にできることはなにかを考えることで社会人チームでも活躍できるようになった。指導者になってからも、練習によって自信をつけさせるとともに、整理整頓、礼儀、挨拶といった「生活のルール」をつくりチーム改革を行った。日本代表の監督に就任後は、目標を明確にしたチーム作りが必要だと感じ、「金メダルを取ろう」を合言葉に、とにかく厳しい練習で世界のレベルまで引き上げた。個性派ばかりの選手の心をどのように一つにできたのか。宇津木流の指導法をお伝えします。
チームビルディング ~“人財”を育て、“自分が育つ”〜
組織をマネジメントするうえで選手(子ども、部下)に対して、何事にも真剣に真正面から向き合う(話す)ことが大切。中途半端な気持ちで話すことでは間違いなく相手には伝わらない。まずは自分をさらけ出すことが大切であり、一人一人に合わせたコミュニケーションが必要である。また、世の中の環境は変わり続けるため、自分が学び続けない限りより良い指導はできないと考えている。オリンピック2大会連続でメダル獲得に導いた組織マネジメントについてお話しします。
夢と人生~何事にも真正面から向き合うこころ~
ひとりはチームのために
人を育てるリーダーの条件
スポーツにおける女性の時代
講演料
応相談
プロフィール
1953年埼玉県生まれ。川島中学校1年時からソフトボールを始める。星野女子高等学校卒業後は、リーグ1部のユニチカ垂井に所属。1974年世界選手権へも出場し、日本を代表する選手として活躍。1985年に現役を引退し、指導者へ転身。
ジュニア日本代表コーチを経て日立高崎の監督に就任。当時3部だったチームを1部で優勝するまでのチームに育て上げた。アトランタ五輪でコーチを務めた後、1997年に女子ソフトボール日本代表監督に就任。2000年シドニー五輪では銀メダル、2004年アテネ五輪では銅メダルへ日本代表チームを導いた。その功績を讃えられ、日本人で初めて、指導者としてISF(国際ソフトボール連盟)の殿堂入りを果たした。
2008年の北京五輪では試合の解説を務め、金メダルに輝いた試合での名解説では、多くの国民に感動を与えた。
2011年にNPO法人ソフトボール・ドリームを設立。
現在は後進の育成や競技の普及、ビックカメラ女子ソフトボール高崎シニアアドバイザー、東京国際大学女子ソフトボール部にて総監督を務めるなど尽力している。
東京2020オリンピックでは決勝戦(日本-アメリカ)の解説を担当。
2024年11月、長年にわたりソフトボール競技指導者として様々な功績が讃えられ「旭日小綬章」を受章した。