中編 – 松下哲学の伝承者・江口克彦×ノビテク代表取締役・大林伸安 対談 – 「上司の心得」4つのポイント
現代の管理職にはプレーイングマネジャーとしての役割を求められることが多く、部下の指導に振り分ける心理的・物理的な余裕は少なくなる傾向にある。また、パワハラを恐れ、部下を叱る際に及び腰になる人も少なくない。そのため、部下の指導に悩んでいる上司は増える一方だ。 そこで今回は、かの松下幸之助のもとで23年間にわたって薫陶を受け、「松下哲学」の伝承者と呼ばれている江口克彦氏に、ノビテク大林との対談を依頼。部下をしっかりと育てられる「理想の上司」になるためのポイントを伺った。
対談者
ポイント3~部下に権限を与えよ~
江口 「理想の上司」を目指す3つ目のポイントは、部下にできる限り「権限を与えること」です。
大林 なるほど。ただ、経験の浅い部下に対して「大きな仕事を任せても大丈夫だろうか?」と不安に感じる上司は、決して少なくないと思います。その場合も、権限委譲を進めてもいいのでしょうか?
江口 心配ありません。人は、与えられた地位に応じて成長するものです。例えば、平社員だった人を係長に昇格させると、その人は係長としての意識をもって仕事にあたるようになります。こうして、人は成長のチャンスをつかむのです。
大林 どんな人にも、潜在能力が秘められているのですね。
江口 はい。松下幸之助さんが、よく言っていたように、必要な能力の60%も身につけていれば、仕事を任せても何とかなるものです。私自身もそうでした。36歳で、松下幸之助さんが最も大切にしていたPHP総合研究所の最高責任者というポジションを任されたとき、私は多分、60点ギリギリの能力しかなかったように思います。しかし、必死で仕事に取り組んでみると、それなりに知恵があれこれ浮かび、何とか役割を果たすことができたんです。
大林 江口さんがトップに立っていた時期、PHP総合研究所は大きな成長を遂げましたからね。
江口 もちろん、私だけの功績ではありませんでしたけどね(笑)。ただ、私が責任ある立場を与えられて発奮し、全力で仕事にぶつかったことで、社員が応えてくれた。それで、大きく成長できたことは確かです。逆に、「100%の能力がなければ、仕事を任せられない」という発想だと、任せるのが怖くなり結局、部下の成長は遅れてしまうでしょう。
大林 よく分かります。部下の実力を正確に見極め、その上で、少しだけ難しい仕事を与えて成長を促すのがよい上司なのですね。
江口 仕事を任せるためには、部下を信頼することが欠かせません。その気持ちは必ず部下に伝わり、やる気を引き出し、やってくれます。ただし、「権限」と「権威」を取り違えてはいけません。権限はどんどん委譲すべきなのですが、権威を委譲してはなりません。
権威とは、社長なり上司なりが、「為すべきことを為し、為すべからざることはしない」というところから、確立されるものです。また、社長として、上司として、「新しい事業、新しい仕事を創造すること」にあります。
大林 それはどういうことでしょう?
江口 上司がそれまで100の仕事を抱えていて、そのうち20を部下に任せたとします。そうすると、上司の仕事は80に減るわけです。
大林 その分、時間的な余裕が生まれますね。
江口 ここで大事になるのが、生まれた時間の使い方です。ヒマになったからといって、ゴルフや意味のない接待や飲み会に現(うつつ)を抜かすいうのでは話になりません。
大林 確かに、部下に仕事を押しつけて遊んでいる上司が尊敬されるはずなんてありませんものね。
江口 部下に仕事を任せて生まれた時間を、「新しい事業、新しい仕事の創造」に向けるのです。例えば、新製品を創造する・新しいサービスルートのアイデアを考える。あるいは、新規市場の情報を集めて新しい開拓戦略を創出する。それが、上司の役割です。
大林 なるほど! そして、新たに生み出した事業が軌道に乗ったら部下を信頼して任せ、自らはさらに新しい仕事を創造する。そんな「正のスパイラル」ができあがったら最高ですね!
ポイント4~部下に感動を与える~
大林 ここまで。「理想の上司」になるために3つのポイントをお話しいただきました。いよいよ、次が最後ですね。
江口 4つ目のポイントは、部下に「感動を与えること」です。
大林 感動ですか。
「ビジネスライク」という言葉に象徴されるように、仕事に感情を持ち込むべきではないと考える人は決して少なくありません。ですから、仕事を通じて部下を感動させるのは難しいのでは?
江口 いえいえ、そんなことはありませんよ。ただし、口先だけで部下を丸め込もうとしてもうまくいきません。ところで最近、「ほめて育てる」というテーマの書籍がよく出版されていますね。
大林 確かにそうですね。書店を歩いてみると、そういったタイトルの本を見かけることがあります。
江口 しかし、口先だけで部下を褒めても、すぐに見抜かれます。本心から褒めているのか、それともうわべだけの言葉なのか、相手には伝わってしまうのです。
大林 それなら、話術など表面的なテクニックだけではダメなのですね。では、どこに気をつければ、部下に本心、真心を伝えられるのでしょうか?
江口 必要なのは、「人間大事」という根本哲学です。相手を「ひとりの人間」として、絶対的に尊重すること。そして、どんな相手の中にも、いわゆる”ダイヤモンド”、すなわちキラキラと輝く部分を見つけること。この2つを心がけることに尽きます。そうすれば、部下を叱ってもなお、感動を与えられることが出来るのです。
大林 叱りながら感動させられるというのですか?!
江口 はい。
私は松下幸之助さんから、「江口君。部下を叱るとき、心の中で手を合わせているか」と聞かれたことがあります。つまり松下幸之助さんは、全ての人間が、偉大なる尊厳、先ほどの言葉で言えば、素晴らしいダイヤモンドを兼ね備えていることを認めた上で、その成長を促すためにあえて叱っていたわけです。
私は松下幸之助さんから、何度も叱られましたよ。経営を担当した頃には、3時間も立たされたことがありました(笑)。ただ、松下幸之助さんは気分で叱ることは、ほとんどしませんでしたし、同時に、部下を成長させようとしていることが、言葉の端々(はしばし)から強く伝わってきましたね。例えば、「君みたいな者がどないしたんや」と叱るんですよね。
大林 ああ、「君みたいな『実力のある』者が」というニュアンスが含まれているのですね。それなら叱られていても、反発する気持ちは起こらないでしょう。むしろ、偉大な松下幸之助さんからそう言われたら、かえってうれしいくらいかもしれません(笑)。
江口 その通りです。叱られて、感動する(笑)。「松下さんは私のことを本心から思ってくれている」と感じたからこそ、教えを素直に受け入れることができました。
大林 最近、部下を叱ることをためらう上司が増えています。おそらく、パワハラと指摘されるのを怖がっているのでしょう。でも、江口さんは松下幸之助さんから叱られても、一度もパワハラなんて感じたことはなかったでしょうね。かえって、叱られることがうれしかったくらいでは?
江口 (笑)。その通りです。
上司が部下の尊厳を心の底から認め、その気持ちを真っ正面からぶつける。感情的に怒ったりせず、相手のためを思って叱る。部下の人格を認めたうえで、叱る。部下が持っているダイヤモンドに、心のなかで手を合わせながら、叱る。そのようにこころがければ、部下はパワハラなんて言わない。それどころか、きっと感激してもっと叱って欲しい(笑)と思うはずです。
大林 そういえば、「ミスター・ラグビー」と呼ばれた故・平尾誠二さんから、叱り方のノウハウを聞いたことがあります。彼は日本代表監督時代、選手を叱ることがほとんどなかったそうです。唯一の例外は、選手がやるべきことをやらなかったとき。果敢に挑戦してミスをしたときは絶対に怒らなかったのに対し、手抜きプレーをしたり遅刻したりしたときは烈火のごとく叱ったと聞きました。
江口 それは松下流に言えば、「自分の中にあるダイヤモンドを生かさなかった」時に、叱りつけたということですね。なるほど、平尾さんのやり方は実に理にかなっていると思います。
大林 やはり上司には、成長させる叱り方、成長させる褒め方の両方を知る必要があるのですね。
江口克彦プロフィール
1940年、愛知県生まれ。62年に慶應義塾大学法学部政治学科を卒業し、松下電器産業(現パナソニック)に入社。67年、PHP総合研究所に異動して松下幸之助の秘書となり、以後23年にわたって薫陶を受けた、人呼んで「松下哲学、松下経営の伝承者」。PHP総合研究所ではリーダーとして急激な売上アップを実現し、2004年には代表取締役社長に就任。09年に退任した後は、脱官僚・地域主権・国民生活重視の実現を目指し、参議院議員として活躍した。現在は政治活動から引退し、政治・経済、経営、人材育成など幅広い分野で講演や著述活動を展開している。
大林伸安プロフィール
人(ヒト)の成長を促し、組織の活性化を促進させる“やれる気請負人”。「仕事を楽しむ人材づくりと仕事を楽しくする会社づくり」をミッションステートメントとして、人材教育事業を展開。とくに、若手ビジネスパーソンからリーダー層まで、「分かりやすい」、「面白い」、「元気が出る」と評判で、リピート率も高く、「やる気」(モチベーション)だけでなく、「やれる気」にさせてくれると好評。人材育成の現場を熟知しているからこそのメッセージを伝えることができる講師。