後編 – 松下哲学の伝承者・江口克彦×ノビテク代表取締役・大林伸安 対談 – 「上司の心得」4つのポイント
現代の管理職にはプレーイングマネジャーとしての役割を求められることが多く、部下の指導に振り分ける心理的・物理的な余裕は少なくなる傾向にある。また、パワハラを恐れ、部下を叱る際に及び腰になる人も少なくない。そのため、部下の指導に悩んでいる上司は増える一方だ。 そこで今回は、かの松下幸之助のもとで23年間にわたって薫陶を受け、「松下哲学」の伝承者と呼ばれている江口克彦氏に、ノビテク大林との対談を依頼。部下をしっかりと育てられる「理想の上司」になるためのポイントを伺った。
対談者
尊敬できる「ロールモデル」を社内外で求めよ
大林 江口さんには、松下幸之助という素晴らしい上司がいました。実は私も会社員時代、尊敬に値する上司と巡り会うことができました。もし、身の回りに素晴らしい上司がいたら、その人を目標にして成長することができるでしょう。でも、世の中には上司に恵まれない人が少なからずいます。そうした人がロールモデルを探すためには、どうすればいいのでしょうか?
江口 直属の上司に物足りなさがあるなら、他部署の上司から学べばいいでしょう。それでもダメなら、社外に出会いを求める手もありますね。優れたビジネスパーソンを訪ねて話を聞くことで、人間としてのあり方が学べるはずです。昔は「書生」というものがありましたが、土日などを利用して優れた人について回り、言動をつぶさに見ることが一番の勉強だと思います。
大林 ビジネスパーソンが書いた著書を読むのはいかがでしょうか?
江口 もちろん、それも勉強になります。ただ、貴重な時間とお金を使い、直接その人とふれあって教えを請うことがおすすめです。それが一番勉強になりますし、その人から別の人を紹介され、つながりがさらに広がるというメリットもあるからです。
大林 よく分かります。
ここで危機感を感じているのが、若い世代が「華やかな起業家」との出会いばかりを求めることです。近頃、派手でお金もうけに成功している経営者との出会いに熱心な若者が増えているようで、私はそこが気になっているのです。
江口 お金ばかりを追いかける経営者は、いずれ世間から軽蔑されます。結果的に、お金のほうが経営者から逃げて行ってしまうのです。一方、人を大事にし、人を幸せにすることを追求する経営者は、世間から尊敬されます。そして、そうした経営者が率いる企業には優れた人が集まり、商品・サービスも売れて、結果的には売り上げが拡大していきます。
創業から30年後に存続する企業は、1万社のうち2~3社だとも言われます。そして、それだけ長期間生き残れる企業の経営者は、人間的な魅力を兼ね備えているのだと、長年の経験から痛感しています。ゼロから出発した松下幸之助さんでしたが、その会社が70年間で7兆円もの売り上げをあげる企業に育ったのは、ひとえに松下幸之助という人物の魅力があったからでしょう。
身銭を切ってセミナーなどに参加すべし
大林 では、魅力ある経営者、魅力あるビジネスパーソンに出会うためにはどこに行けばいいのでしょう?
江口 今の時代、人と出会う場所はたくさんあります。最も手軽なのは、セミナーや講演に数多く顔を出すことでしょうか。ここで大切なのは、自分の身銭を切って勉強すること。そのほうが本気になりますし、成長が早くなります。
大林 でも、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の高橋俊介特任教授によれば、日本人のホワイトカラーは、先進国で最低というほど、自己啓発していないんだそうです。日本の社会人は、身銭を切って学ぶ機会が少ないですね。
江口 日本人は元来、ジョブホッピング(スキルや待遇を高めるため転職すること)に積極的な民族でした。松下幸之助さんも、火鉢店、自転車店などで働いた後で大阪電灯(現関西電力)に入社し、スキルを高めてから創業しています。
ところが戦後、高度成長期以降は企業の労働者囲い込みによって、終身雇用や年功序などが広がって、社内教育が盛んになりました。それにより、ジョブホッピングの機会が減り、その結果、身銭を切ってスキルアップを求める人も減少しました。多分、現在は日本人の自己負担による自己啓発費用は低いのでしょうね。しかし、今後は違います。日本でも、自らの価値を自分で高め、自分を高く売る。そして、ジョブホッピングする時代がやってくるでしょう。
大林 だからこそ、当社のように教育・研修事業を展開する企業の役割は重要になると自負しています。また企業内では、上司に対して高い教育スキルを求めるようになるでしょうね。
江口 企業が成長するには、人材を伸ばすことが何より大切。これからは、部下を伸ばせる上司、自分より優れた部下を持つ上司こそが最も優秀な上司なのです。
大林 そのような人材が世の中に増えると、また世の中がおもしろくなりそうですね。今日は貴重なお話をありがとうございました。
松下哲学の伝承者・江口克彦×ノビテク代表取締役・大林伸安 対談
「上司の心得」4つのポイント
(完)
江口克彦プロフィール
1940年、愛知県生まれ。62年に慶應義塾大学法学部政治学科を卒業し、松下電器産業(現パナソニック)に入社。67年、PHP総合研究所に異動して松下幸之助の秘書となり、以後23年にわたって薫陶を受けた、人呼んで「松下哲学、松下経営の伝承者」。PHP総合研究所ではリーダーとして急激な売上アップを実現し、2004年には代表取締役社長に就任。09年に退任した後は、脱官僚・地域主権・国民生活重視の実現を目指し、参議院議員として活躍した。現在は政治活動から引退し、政治・経済、経営、人材育成など幅広い分野で講演や著述活動を展開している。
大林伸安プロフィール
人(ヒト)の成長を促し、組織の活性化を促進させる“やれる気請負人”。「仕事を楽しむ人材づくりと仕事を楽しくする会社づくり」をミッションステートメントとして、人材教育事業を展開。とくに、若手ビジネスパーソンからリーダー層まで、「分かりやすい」、「面白い」、「元気が出る」と評判で、リピート率も高く、「やる気」(モチベーション)だけでなく、「やれる気」にさせてくれると好評。人材育成の現場を熟知しているからこそのメッセージを伝えることができる講師。